「なぜ分かってくれないの?」「どうしていつもあの人は…」。こんなもやもやした感情、身に覚えはないだろうか。でも、自分と相手が見ている世界を交換すれば、互いをより理解できるかもしれない。そんな近未来システムの開発に挑戦するのは、現役大学生の認知科学者。人工知能(AI)やバーチャルリアリティー(VR)などの最新科学技術を使って人間の意識に働きかけ、「共感」を呼び起こす。目指すのは「人を優しくする機械」、そして、その先にある「争いのない世界」の実現だ。(聞き手 社会部・有年由貴子)
■科学の力で人を優しく
アッシュブラウンの明るい髪色、個性的なモノトーンファッションに身を包む姿は、研究者というより、繊細な美大生のような印象を受ける。語り口調も柔和だが、研究について話し始めると、目は鋭く光る。「想像してみてください」と佐久間さん。ある日、鏡を見ると、自分の姿が全く別人の体になっている。顔、髪、手、足、発する声さえも-。「違うのは魂だけ。つまり、僕が作ろうとしているのは『君の名は。』のような身体転移の状況を作る機械です」
大ヒット映画「君の名は。」は、別々の世界を生きる見知らぬ高校生の男女の心と体が入れ替わるストーリー。2人は入れ替わりを繰り返す中で、次第に恋に落ちていく。「映画では2人は短期間で強く思い合うようになる。たかだか十数回しか入れ替わってないのに。不思議だと思いませんか?」。入れ替わった2人は、互いの生活や家族や友人などの人間関係を共有し、相手自身になり切っていく。佐久間さんの研究のヒントは、そこにあるという。「そうすると、いやが応でも『○○だったらこんなときどうするだろう』と、相手の立場に思いをはせられるようになる」。魂が入れ替わる-。この特殊体験こそ、他者への「共感を生むスイッチ」だと考える。
では、実際にどうやって入れ替わるのか。「まずは、僕を乗り移り先として、バーチャル空間に僕そっくりのアバター(分身)を作っています」。用いるのはVRなどの最新技術だ。「乗り移る」側は、自分の体の動きを感知する「トラッキングスーツ」を装着し、VRゴーグルをかけ、バーチャルの世界へ。手元を見れば佐久間さんの手が、鏡の前に立てばこちらを見つめる佐久間さんの姿が。自分が「佐久間洋司」になったような体験ができる。
先行研究ではVRを用い、白人が黒人を、若者が高齢者の体を疑似体験することで、体験した側の差別的な感情が減少したり、肯定的な考えを持ったりする認知の変化が知られている。一方、佐久間さんの実験では、「属性」を超えて「ある特定の個人」になる体験をする。人間はどんな体験を経れば、もっと他者に優しくなれるのか-。研究の根底にあるのは、科学の力で人間の心や意識に切り込み、より良い変化をもたらす装置を作り出したいとの思いだ。「目指すのは、争いのない世界。僕の今の研究はその第一歩だと思っている」