朝晴れエッセー

へそのような存在・9月5日

先日目覚めとともに夫が「お小遣いはないので北海道は無理やけど兵庫県なら行けるで」と言って兵庫県のラベンダーパーク多可へ連れて行ってくれた。

私は数年前からラベンダーの香りの虜(とりこ)になり、花はもちろんトイレや玄関の芳香剤までラベンダーにしている。その様子を見ていて、私を近場のラベンダー畑に連れ出してくれたのだ。

駐車場に着き、ドアを開けた途端、かぐわしい香りが迎えてくれた。なだらかな丘陵地に植栽されている約3万株のラベンダーの香りが風の吹き抜ける通り道を伝ってくるのだろう。「癒やされる」とはまさにこのことだと思った。

私は、数カ月前くも膜下出血で闘病しているときの置き場のない気持ちを思い出してしまった。園内の木製ベンチに腰かける自身の姿は、わが目を疑うほど悲しげに見えた。完治しても物忘れや動きの鈍さもあり、頭がすっきりしない。そんな中で「もう治ったんやろ。もっと動かなあかんで」と厳しい助言をしてくれる人もいる。

今まで家のことはすべて一人できりもりしてきたのに、今は何一つ満足にできない現実にはがゆさを感じる。しかし、先日、一人息子から「お母さんは、ぼくとお父さんにとって大切な存在。片山家のへそのようだ」と言われたのを思い出した。

偶然にも今私は日本へそ公園駅にいる。これはきっと息子から私への応援メッセージだと思った。

片山ふみ 62 非常勤講師 大阪府河内長野市