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日本人が実践してきた「常若」 葛城奈海

葛城奈海
葛城奈海

「お客さんが高齢の方だと分かれば食べやすいように隠し包丁を入れておくんです」。毎夏、福岡県宗像(むなかた)市で開催される宗像国際環境会議で、東京会館の和食総調理長、鈴木直登(なおと)さんの話を聞いた。魚や肉を焼く備長炭の灰を手洗いや食器洗いに、米のとぎ汁を野菜のアク抜きや干物戻しなどにも使うという。次々に繰り出される日本人の知恵には「目から鱗(うろこ)」、お客さんや環境への配慮に「陰徳を積む」という言葉を思い出さずにはいられなかった。

帰京して実際に鈴木さんの料理を味わった。季節感あふれる食材を目で楽しみ、舌で味わい、同時にその食材や調理方法、道具などに関するお話を聞き、日本文化の豊かさと奥深さに触れた思いであった。鈴木さんは32年間師事した師匠から「答えのないものを作っちゃいけない」と教えられたという。目の前に供される料理の背景にある物語を知れば、その料理はいっそう豊かさを増し、心にも深く刻まれ、それを頂けることへの感謝の念も増す。

実はこれは、われわれが日々の食事においても取り戻すべき根源的なことなのではないだろうか。どこから来たかもわからない食材を機械的に食べるだけでは、命をつなぐことはできても、その食事によって生かされていることへの感謝の念は芽生えない。食材を育て、あるいは取ってくれた人がいなければ、その料理は存在しないし、そもそも大自然の力なしに食材は存在しない。

そうやって直接目にすることはなくても自分たちを生かしてくれている存在を古来日本人は「神」と呼び、感謝と畏敬の念をささげてきたのではないか。

今年の環境会議のテーマは、「常若(とこわか)」であった。常若とは、伊勢神宮の式年遷宮に象徴されるように、いつまでも若々しく持続可能なこと。国連が掲げたSDGs(持続可能な開発目標)に向けて世界が動き出したが、その多くは、古来日本人が当たり前のように実践してきたことだ。目先の経済効率への過度な依存を反省し、日本人が古来の自然観を取り戻すことこそ、世界を常若へと導く鍵になるのではないだろうか。

【プロフィル】葛城奈海

かつらぎ・なみ やおよろずの森代表、防人と歩む会会長、ジャーナリスト、俳優。昭和45年、東京都出身。東京大農学部卒。自然環境問題・安全保障問題に取り組む。予備役ブルーリボンの会広報部会長。著書(共著)に『大東亜戦争 失われた真実』(ハート出版)。