朝晴れエッセー

98歳の母・9月4日

私の母は佐渡で生まれた6人きょうだいだ。母の父親の精一は相川の街で登記所の仕事をしていたという。

6人のきょうだいの長男は賢一郎、長女は八重、次男は二朗と、ここまでは普通だ。三男は三四吾(みよご)、次女はなんと六七代(むなよ)と続く。末っ子の母は残った九と十で九十代(ことよ)となった。昔ならばNHKの「私の秘密」に出演できそうな逸話だ。

母は子供のころから10代でも20代でも名前は九十代だったのだ。たぶん周りの友人から、からかわれたりして困ったに違いない。自分の布の貼り絵の作品は(琴代)や(古都世)にし、後年は自分の作品の篆(てん)刻(こく)は小さな赤い布に白抜きで(九)という一文字を抜き文字にしていた。

8年前の自分の誕生会に集まった十数人の家族たちに向かってあいさつをした。「ようよう九十代という名前の通りの90歳になりました。これからも元気に生きていきます。よろしくお願いします」と。

その後98歳の誕生日のときのあいさつが、「皆さまのおかげで元気にこの年を迎えました。もしも私が100歳になったら、名前を変えようと思います。百代(ももよ)に。かわいいでしょう」と子供たちや孫たちを驚かせた。百代とは、今にしては実現性が高い話だ。

最近、私が「百代の後は1年ごとに名前を変えるの」と尋ねると、「ずっと百代でいいの。次はあの世(あのよ)なんだから」。母のしゃれっ気に驚いた。

間宮 武美 75 会社顧問 神奈川県鎌倉市