大久保利通の茶室「有待庵」、岩倉具視旧宅に移転検討 京都市、月内に受注者決定

 明治維新の立役者として知られる大久保利通が2年間過ごしたとされる京都市上京区の屋敷跡地に残っていた茶室「有待庵(ゆうたいあん)」の今後について、京都市が大久保と同時期に活躍した公家、岩倉具視(ともみ)の旧宅(国史跡、同市左京区岩倉)を視野に移転計画を進めていることが3日、わかった。

 有待庵は幕末期の薩摩藩の家老、小松帯刀(たてわき)が慶応2(1866)年に邸宅を手放す際、大久保利通が譲り受けたとされる。有待庵の解体を知った原田良子さんら歴史研究者らが調査したところ、昭和初期の写真と一致する箇所が多いことを確認。所有者の同意も得て、移築目的で6月に解体され、部材は市が保管していた。

 有待庵の移転先について検討してきた市は、尊王攘夷派から命を狙われた岩倉具視が幕末の数年間隠れ住んだ「岩倉具視幽棲(ゆうせい)旧宅」を移転先候補地に選定。同市文化財保護課の中川慶太課長は選定理由について「歴史的著名人の大久保が使っていたという建物。所有者の意向、今後の活用なども考えて市が所有・管理できる所に復元するのが一番」と説明した。候補地としては山県有朋の別邸「無鄰菴(むりんあん)」(京都市左京区)なども一時検討されたという。

 市は書類審査や選定委員会などを経て今月中に受注者を決定。受注者は実施設計を来年2月21日までに提出する。一方で、岩倉旧宅は敷地が国の指定を受けており、現状変更には文化庁の許可をとる必要性があるなどクリアすべき課題もあり、基本構想や実施設計を修正する可能性もあるという。

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