【目黒女児虐待死、母親初公判詳報】(3)太ったことに夫激怒、食事を制限 「どんどん弱って…」最期は添い寝も(2/3ページ) - 産経ニュース

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目黒女児虐待死、母親初公判詳報

(3)太ったことに夫激怒、食事を制限 「どんどん弱って…」最期は添い寝も

 弁護人「上京直前は暴行はなく、説教も少なくなりました。雄大が先に上京し、のびのび過ごすことができました。優里は東京に期待していました。友人がたくさんいて、仕事もほぼ決まっていると聞いていました。雄大が機嫌良く過ごしてくれるのではと思っていました」

 《しかし、現実は違った。雄大被告は仕事も決まらず、ずっと自宅にいた》

 弁護人「2、3日は優しかったけれど結愛が太ったことに気づき、激しく怒られました」

 《結愛ちゃんへの食事制限が始まり、孤立を深めていく優里被告。そんな中、同年2月2日頃に雄大被告が結愛ちゃんをトイレで暴行したとみられ、目の辺りにあざができていたという》

 弁護人「雄大は『ボクサーみたい』と笑い、ばかにされたと感じました。『たたくのは絶対やめて』と泣きながら懇願しました。雄大は『もうたたかない』と言いました。優里は『離婚してほしい。結愛は私が見る。息子は置いていくから』と言いました。雄大は息子に『お前捨てられるんだ』と言い、離婚は否定されました。息子を捨てるひどい母親といわれ、絶望的な気持ちになりました」

 《その後、優里被告は結愛ちゃんと引き離された。結愛ちゃんは部屋に閉じ込められ、日課を強制されるようになったという》

 弁護人「止めようとすると結愛への仕打ちがエスカレートしました。それでも雄大に隠れ、結愛にこっそり菓子を食べさせたり、結愛の書く文章を一緒に考えたりしました。被害が少なくなるよう努力しましたが、雄大に逆らうことはできませんでした。それほど心理的に支配されていました」

 《優里被告は雄大被告の機嫌を損ねることを恐れ、品川児相の家庭訪問も拒否したという》

 弁護人「結愛が小学校に上がるまでの辛抱だと思っていました」

 《しかし、小学校の説明会にはあざが残り、結愛ちゃんは行けなかったという。弁護人は、その日を境に虐待がエスカレートした可能性があると指摘した上で、こう続けた》