朝晴れエッセー

夏の思い出・8月25日

「おーい純子、畑に行くよ」「はーい」

毎週日曜日になると、私は父につれられて出かけたものだ。それはもう40年以上も昔の話だが。

大正13年生まれの父は、終戦後白洋舎で修業を積み、独立開業してからは朝から晩まで働きづめの毎日だった。趣味らしい趣味はなく、強いて言えば日曜日に猫の額ほどの畑で野菜を作ることを唯一の楽しみにしていた。

私は父が46歳のときの最初で最後の一粒種であるから、甘やかされたのは言うまでもない。父は常に自分の目の届くところに私をいさせた。

畑から帰ると、父とお風呂に入って汗を流す。十八番の「同期の桜」と「海ゆかば」を2人で歌い、カラスの行水の私に一から百まで数えさせてやっとお風呂から上がる。

食卓ではゆであがったばかりのトウモロコシが湯気をたてている。輪切りにされたトマトには塩だけがふりかけられていて、枝豆はこんもりと器に盛られている。それらはすべて父が畑で収穫した野菜たちである。どれも甘く、みずみずしかった。

時代とともに生活環境が変化するのは当然のことで、それをとやかく言うつもりは一ミリもない。アラフィフの私は更年期に突入したこともあってか、妙に昔が懐かしくて仕方がない。父とすごしたあのころは、雲のようにのんびりとゆっくり過ぎていった。夏の一コマの思い出である。

堀江純子(48) 浜松市浜北区