朝晴れエッセー

あせらず、ゆっくり・8月20日

4月の初旬、朝起きたら頭が重く、今日は仕事は無理かなと思い会社に電話をかけたがろれつが回らない。電話の向こうから「すぐ救急車を呼びます」と声がする。数分後には救急室にいた。医療機器の営業をしていたから、DWI、MRAを撮影しているなと音で分かった。ベッドで血栓溶解剤を打たれながら、手を動かしてみて、早く運ばれてよかった、まひもなさそうだ、と考えていた。

リハビリ病院に転院して、事の重大さを思い知った。確かに手足は動くが、単純な足し算や引き算、子供でもできそうな問題ができない。簡単な文章が書けず、何度見直しても必ず抜けがある。主治医から右脳に大きな脳梗塞と告げられた。左側の物が、見えているのに認識できない。いくら注意して歩いてもぶつかってしまう。注意力が散漫になる。看護師さんは慣れたもので、辛抱強く横にいて、決して怒らなかった。

退院して実生活に戻ると、頭が半分働かないことの深刻さに気づく。券売機の前でお金を出すのにもたつき、小銭を落としてしまう。画面に指示が出ているのに、押すところがわからない。後ろの人がイライラしていると思うと、よけいミスしてしまう。「あせらず、落ち着いて、ゆっくり」耳元に看護師さんの声が聞こえてくる。

ごく普通のことに戸惑っている人を見て、きっとわたしのように一生懸命やっているんだ、少しの辛抱や声掛けが必要なだけだ、とこういう病気になって初めて気づく。

藁粥 一徳(わらがゆ・かずのり) 60 埼玉県越谷市