人の表情を読み取るセンサーを搭載した眼鏡型のデバイスを、英国のスタートアップが開発している。顔の筋肉の動きを分析することで「デジタル表現型」と呼ばれる個人のデータセットを構築し、パーキンソン病の治療やうつ病の予防などにつなげることが狙いだ。
TEXT BY ROGER HIGHFIELD
TRANSLATION BY MIHO AMANO/GALILEO
WIRED(UK)
チャールズ・ンドゥカは形成外科医だ。外科用メスで患者の体の修復などを手がけているが、それだけではない。患者の表情を読み取る技術と仮想現実(VR)を組み合わせることで、患者の心も立て直そうとしているのだ。
ンドゥカがVRに興味をもったのは、20年以上も前の医学生時代のことだ。彼は現在、英国を拠点とするエムテック(Emteq)というスタートアップの共同創業者のひとりとして、チーフ・サイエンス・オフィサー(最高科学責任者)を務めている。
エムテックが手がけているのは、顔の動きを読み取って筋肉の活動についてフィードバックするウェアラブル機器だ。将来的には同じ技術によってユーザーの感情を把握し、さらにはメンタルヘルスの状況を検知することもできるかもしれない。
こうしたセンサー技術の実験を始めると同時に、ンドゥカはロンドン近郊のイースト・グリンステッドにあるクイーン・ビクトリア病院に、顔面麻痺の治療を目的とした治療センターを創設した。
顔面麻痺の患者が筋肉のコントロールを改善するには、多くの場合は顔のエクササイズが必要になる。ところが、顔のエクササイズをしている自分の姿を鏡などに映して見ることに不快感を示す患者が多いことに、ンドゥカは気付いた。そこで逆説的ではあるが、彼はこういった場面でVRの現実感のなさが役立つのではないかと考えたのだ。
「自分の顔」を見ることなく筋肉の運動が可能に
こうしてンドゥカは、大学院で人工知能(AI)を学んだデータセキュリティー分野の起業家であるグレアム・コックスと共同で、2015年にエムテックを設立した。英国の国立衛生研究所(NIHR)から85万ポンド(約1億1%2C600万円)の資金提供を受けたほか、ノッティンガム・トレント大学で医療デザイン研究グループを率いるフィル・ブリードンの協力も得ている。
エムテックが開発したのは、VRヘッドセットに挿入するインサートと呼ばれるアダプターだ。このインサートによってユーザーの表情をトラッキングし、VRのアバターにリアルタイムで反映できる。