朝晴れエッセー

母の背中・8月7日

私たち母娘は温泉に行くと必ずお互いの背中を流し合いっこした。母いわく背骨の辺りはくぼんでいて自分ではどうにもスッキリと洗えないらしい。そこで温泉に行く日は少し硬めのボディーブラシを持参して母の背中をごしごしと念入りに洗ったものだった。母の若く張りのある背中は年々丸みを帯び小さくなっていった。

母の大腸がんが肺に転移し抗がん剤も効かなくなったある日、母は高齢ではあるけれども肺の手術に踏み切った。左右どちらの肺にも転移があったため2回に分けて手術が行われたわけだが、術後背中の傷の痛みのせいで眠れない日が何日も続いたようだった。母はその後の生活に望みを託しじっと痛みに耐えた。

そして手術後やっと母と温泉に行けるようになったとき、傷ついた背中を以前のように硬いブラシでごしごしと洗うことはできなかったけれども手につけたたっぷりの泡で母の背中の傷をそっとなでた。傷跡の回復を丁寧に確認しながら触れていると苦労が多かった母の人生に思いを巡らせ涙がこぼれた。

痛みに耐えたかいもなく手術後2年で肺にがんが広がり、母はあっという間に帰らぬ人となってしまった。

今でもときどき母の背中を思い出す。年とともにだんだんと小さく丸くなっていった、何度もの手術に耐えた大きな傷のある母の忍耐の背中を。洗い流すことができなくなった寂しさが込み上げてきた。

中尾 美香 55 京都市左京区