朝晴れエッセー

3歳半の記憶・8月6日

先日、父の三十回忌を迎え、好物だった豆ごはんをお供えした。写真の父に「私、お父さんが一番つらかった日の顔を覚えているよ」と話しかけたのがきっかけで、夫と2人で生まれてから一番初めの記憶を話し合った。

夫は「幼稚園が嫌いで、嫌がるのを無理やり父の自転車に乗せて連れて行かれたころだから、4、5歳くらいかなあ」と言う。私は今まで何回も古い記憶をたどってみたが、3歳半に行き着く。

父が出征することになり、近所の人や親戚の人と最寄りの駅まで父を送っていった。ちょうど母は妊娠しており、約1里の往復は無理だろうと家に残り、私はお気に入りの服を着せてもらい、叔母に手を引かれ、旗の列の一番後ろを一生懸命歩いた。

森松駅に着くとすぐ、父が駅前で犬の絵があるキャラメルを2個買って持たせてくれた。いつもなら1個しか買ってくれないのにとうれしくて両手に抱え、駅のホームで電車の中の父を捜した。

窓から見えた父の顔がいつもと違う。涙こそ見えないが、口を真一文字に結び何かに耐えていた。娘の顔を見るのも最後かもという感極まる状態だったのだろう。3歳半の私にはそれはくみ取れなかったが、あのときの父の顔は80年近くたった今も忘れられない。

父が出征して4カ月後に弟が生まれ、その弟が小学校入学直前まで、フィリピンにいること以外はなんの情報もなく、終戦翌年の晩秋に軍服姿で毛布と飯盒(はんごう)だけ持った父が帰ってきた。そのときの日焼けした父の顔もまた忘れられない。私は10歳になっていた。

森 真澄 81 東京都目黒区