約10年前、日野署での勤務中、友人の付き添いで来署した女性に「覚えてますか」と声をかけられた。駆け出しの葛西署時代に傷害容疑で逮捕した元少女だった。近くで働いていると聞き、「立派に立ち直ってくれたんだな」と、うれしくなった。
警察官人生のうち20年以上、少年や若者が起こした事件に関わるなかで、「更生のきっかけ」づくりが重要だと感じている。正直に罪を認め、反省ができればいい。だが、仲間をかばったり罪を軽くしようとしたりして、真実を隠そうとすることもある。
少年事件課に在籍していた平成19年、振り込め詐欺グループの幹部だった20代の男の取り調べを担当した。
「指示役とは面識がない」。男の説明が嘘なのは、関係者の証言や証拠から明らかだった。怒りよりも、どうしたら正直に話してくれるかを考え続けた。「取り調べはごまかせる」と思わせたままでは、また詐欺に手を出すかもしれない。
事件に関係がなくても、男が話す内容には辛抱強く耳を傾けた。しかし、男が話をごまかすと「嘘はお前のためにもならない」と伝え、諭した。数日後、男は「ここまで話を聞いてくれたのは矢部さんだけだ。嘘をついて悪かった」とぽつりとこぼし、事件やグループの全容を話し始めた。
取り調べ最終日、男から「なぜ(最終的に)自分が話したことを信じてくれたのか」と尋ねられた。「嘘はもうつかないと言ってくれたから、その後の言葉を信じた」。そう答えると男は涙を流した。「きっと犯罪から抜け出してくれる」と確信した。
現在担当するDV・ストーカー対応部署でも、当時の経験が生きている。事件を起こした当事者自身に変わるきっかけを与える役目は同じだ。「殺人事件捜査のような花形ではないかもしれない。だが、人の生活に直結した事件や事案を扱う重要な仕事にやりがいを感じる」と胸を張る。(上田直輝、写真も)
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やべ・あきら 新潟県出身。昭和61年入庁。葛西署、少年事件課などを経て今年から現職。妻、裕子さん(56)と長男の3人暮らし。座右の銘は「初心忘るべからず」。警察官になった当時の「人の役に立ちたい」という思いを大切にしている。