朝晴れエッセー

南の国からのハガキ・7月29日

64歳のとき、肺がんになり手術をし、肺の3分の1を失った。会社を辞め、自宅で療養することになった。

友人も徐々に去り、日常の会話は妻だけ。退屈な毎日が続いた3年目の67歳のとき、今度は口の中に腫瘍(しゅよう)ができた。入院し手術して腫瘍を取り去った。

64歳、67歳と二度の入院、二度の手術。友人も去り、体もやせ細り、社会から、もう必要のない人間になったんだな!! と、思い悩むある朝。

1枚のハガキが届いた。私が初めて管理職になったときの最初の新入社員の女の子からだった。私がある雑誌の川柳に応募し、入選した私の名前を見て「あのときの私の上司に間違いない」と思い、ハガキを出してくれたとのこと。

九州の五島列島からだ。今は、夫と3人の子供がいるという。私はうれしかった。あの子供のような新入社員の女の子が、妻になり、3人の子供の母になったことが。そして何より一番、うれしかったのは、この私のことを覚えていてくれたことだ。

私は生後1年で母に捨てられたトラウマから、1人になるのは非常に苦手だ。「あのときは、主任に大変お世話になりました。主任、まだまだ元気で頑張ってくださいね」。私はうれしかった。南の国、五島列島にも、私のことを覚えてくれている人がいる。

その夜は興奮してなかなか眠れなかった。最近、妻が「お父さん元気になってきたね」と。うん、今一度、みんなに会いたい。

持田 正行 68 神奈川県川崎市