朝晴れエッセー

来世の養父との約束事・7月26日

今年で私は75歳です。戦時中に生まれた私を背負って防空壕(ぼうくうごう)に逃げた東京大空襲の話はよく亡母から聞かされたものでした。戦後、主人を亡くした母、そして満州で奥様を亡くした父は、終戦5年後に結婚をしたのです。私が5歳の時でした。

子供を授からなかった養父の父は、子供を授かったと、大変、私をかわいがって育ててくれました。私もそんな父が大好きになりました。ほとんど逆らうことのない義理の親子関係が保たれましたが、大学卒業そして就職をした私に「会社を辞めて早く結婚をしてくれ」としつこくせがむ父に初めて怒りを覚えて逆らったけんかはたびたびで、今でも苦笑してしまいます。

結婚後、孫ができたときの父は大変な喜びようでした。しかし、その10年後、父は、脳溢血(のういっけつ)で倒れてしまったのです。父の看病をして数年が過ぎました。いよいよ危ないと言われ、入院をさせたころには痴呆(ちほう)症も始まっており、認識が明確でなくなってしまったのです。

病院から、父が危ないという連絡で私は飛んで行きました。ベッドに横たわって天井をうつろな目で見上げている父に「私が誰だかわかる?」と聞くとゆっくりとうなずいて私の名前をささやく声で言ったのです。

私は泣き出してしまいました。そして「お父様、今度生まれてくるときには私を、本当の娘にしてね」と大きな声で言いました。すると父は、私の手をギュッと握り返してうなずいてくれ、息を引き取ったのでした。

山崎 佳津子 74 東京都世田谷区