話の肖像画

マラソンランナー・君原健二(78)(10)墓前で分け合うビールの味

円谷さんとは、もっと杯を傾ける機会があればよかったと思います。

〈メモリアルホールは、茶木みやこが歌う「一人の道」で来館者を迎える。円谷の遺書を題材に作られた歌だ。フォークデュオ「ピンク・ピクルス」が昭和47年にレコード化し、ラジオの深夜放送などで多くの若者の支持を得た。デュオの解散後も茶木が一人で歌い続けたが、一時は封印していた。遺族の気持ちを考慮したからでもある。円谷の兄が「あなたが歌うことで皆が幸吉のことを覚えていてくれる」と話し、君原が「あの歌、好きです」と言ってくれたことでまた歌い出したのだと、茶木に聞いた〉

マラソン選手には、なぜか音痴な人が多いのですが、合宿中などにわれわれは皆、あの歌を口ずさんでいましたよ。本当に、円谷さんの気持ちを表した歌だと思えるのです。

〈同学年のライバルで友人だった円谷の死は、君原のその後にも大きな影響を与えた。「メキシコ五輪の銀メダルは円谷さんのおかげです」と君原は話す。一方で君原が走り、語り続けることで、円谷の記憶は生き続ける。そこには、友の相談に乗れなかった悔恨の気持ちもあるのだろう。東京五輪を制したアベベの息子や、国立競技場で円谷を抜き去ったあのヒートリーも円谷の墓に参ったことがある。円谷の兄によれば、ヒートリーも「なぜもっと円谷さんと話しておかなかったのだろう」と、涙したのだという〉 (聞き手 別府育郎)

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