朝晴れエッセー

今夜のおかず・7月25日

昭和10年生まれ、84歳になる。料理などしたことがない。幼いころから祖母や母に「男の子は台所にはいるものではありません」と言われて育った。家庭での料理は女のすることだと思い込んでいた。自動炊飯器の使い方すら覚えようとしなかった。

幸い結婚した家内は大の料理好き。戦中から戦後にかけて食べ物のない時代に育った身にとってはなにを食卓に並べられてもおいしかった。香港やニューヨークで過ごした折は、海外の料理の本を買い込んで地元の食材を活用するなどレパートリーも広がっていた。

だが「料理大好き人間」に思わぬ障害が生じた。足が不自由となり歩行が困難となったため、料理の材料を買いにでることができなくなったのだ。それに加え、高齢化とともに物忘れもひどくなり、料理の手順がどうしても思い出せなかったり、作る意欲もなくなってきた。

こうした状況にこの私はどうしたであろうか。娘の持ってきた「男子厨房(ちゅうぼう)に入る」、「おやじの料理教室」の本や案内のパンフレットにはまったく関心を示さず、近くのデパ地下の食料品売り場の活用で対処したのだ。

「ごはんを炊くだけでいいよ。今夜のおかずはおれにまかせろ」

夕食前にデパ地下の袋から得意げに取り出したのは、2品500円の「総菜セット」、揚げたてコロッケ2個、そしてインスタントみそ汁であった。

それなりになんとかなるじゃないか、そんな食事の毎日である。

池井優(84) 横浜市青葉区