朝晴れエッセー

父との会話・7月23日

「浪人するけん」

「なんば言いよるとか」

「もう決めたと」

「そげんこつ、許さん」

大学受験にことごとく失敗した私は浪人することを父に告げた。その時の会話だ。

昭和5年生まれの父は何かと厳しく、私と妹2人にすぐ手を出した。しかし、高3の私は父より大きくなっており、手を出せなくなっていた。さらに、母も浪人だけはやめてくれと私に懇願した。そして、父が見つけてきた小さな私立大学に通うことになった。そんな父が80歳を超えて認知症になり、2年前、88歳でこの世を去った。

私は、故郷の熊本を出て、東京、大阪そして広島で仕事をしてきた。たまに帰省すると、父は焼酎を飲みながら「仕事はどげんや。ちゃんとやりよっとか」と聞く。うるさいと思いながら「ちゃんとしよるけん、心配せんでよかよ」と返していた。

ふと思い出すのが、大学のある街へ行くとき、父がついてきたことがある。一緒に汽車に乗り、地元の駅を出る。別に話すことはなく、父はいつものように焼酎を飲んでいる。私は何か本を読んでいたと思う。

「がまだせ」と父が言う。「なんね?」と私。「がまだせ」とまた言う。「そげんこつ、わかっとるよ」と私はぶすっとして言う。「がまだせ」とは熊本弁で「一生懸命がんばれ」という意味だ。汽車の中でもうるさか父と、その時はいやになった。

あれから40数年。父との会話はもうできないが、なぜか「がまだせ」が心の中で響く。

植田 敬 62 教員 広島市中区