ネット投票の足音(下)

ゲーム感覚で不安? 「選挙離れ」克服する日

《投票所で端末にマイナンバーカードをセットしてパスワードを入力。画面の指示に従い、ワンクリックで気に入った政策を選ぶ》

昨年8月、茨城県つくば市役所。市の支援事業を選ぶコンテストの最終審査で実施されたインターネット投票の一場面だ。

本人確認にマイナンバーカードを用いたほか、投票内容の漏洩(ろうえい)・改竄(かいざん)防止のため、暗号資産(仮想通貨)に採用される技術「ブロックチェーン」を導入した。1つのデータを複数のサーバーで記録・管理するもので、内容が変わっていないかを互いに確認し不正を防ぐ。データからは個人は特定できないという。

国内初の試み。参加には端末がある市役所を訪れるなどの条件があったが、119人が票を投じた。

「場所や時間に縛られない投票を実現したい」(市の担当者)。今夏のコンテストでは、スマートフォンを用いた投票も実施する。

「技術面は可能」

「公職選挙でのネット投票実現が最終目標。技術面では十分可能だと実感した」。つくば市の試みを支援したIT企業「VOTE FOR(ボート・フォー)」(東京)の市ノ澤充社長が自信を見せる。市ノ澤氏はアイドルグループAKB総選挙などを例に、ネット投票の技術は既に確立されていると指摘。「本物の選挙だけハードルが高くなっている」とこぼす。

在外投票でのネット投票導入を検討するなど、政府も現状を傍観しているわけではない。総務省は参院選後、ネット投票での課題を検討する実証実験を実施。本人確認にはマイナンバーカードを活用するといい、つくば市の事業とも手法が一致する。

政府は今年5月、将来的にマイナンバーカードを海外でも使えるよう法整備したが、ネット投票に詳しい東北大の河村和徳(かずのり)准教授は「未来に向けた布石」と読む。その上で「ネット投票への信頼性をどう高めるのかが課題。『投票弱者』が多い在外投票での導入を機に、国内での理解を少しずつ得ていくプロセスになるだろう」と解説する。

良質な競争の素地に

現行の公職選挙法は紙での投票が前提で、ネット投票の実現には法改正や特例法が必要になる。だが日本大法学部の岩井奉信(ともあき)教授(政治学)は「組織票に期待する政党からは歓迎されないかもしれない」。投票率が上昇すれば、組織票のウエートが高い政党は苦戦する傾向があるからだ。

現職議員の間では、ネット投票導入を訴える議連がある一方、「ゲーム感覚で投票されるのは不安」「それで投票率は伸びるのか」との声もあり、評価は割れる。

確かに、ネット投票と投票率の関連性については、総務省の担当者も「検証する材料がなく、コメントできない」とする。一方、こんな期待も生まれている。

「(ネット投票で)政治家は所属組織や団体だけでなく、個々の有権者に向けた政策を強く押し出す傾向になる」。若者の投票率向上を目指すNPO法人ドットジェイピー(東京)の佐藤大吾理事長が予測する。従来とは別のアプローチが求められることで、良質な競争が生まれる素地になるとも見込む。

半面、政策と関係なく「風」に乗り雰囲気で当選する人が現れる傾向が強まってしまうことはないだろうか。「課題はあるが、結果から学習できる部分もある。結論としてはネット投票に賛成したい」(佐藤氏)

ネット上での選挙運動が解禁され6年。投票率は改善せず、選挙離れの「特効薬」にはなりえていない現状がある。次の一手として機運が高まるネット投票。政治や選挙が直面する課題を、テクノロジーで乗り越える日が来るのだろうか。

細田裕也、杉侑里香、矢田幸己、江森梓が担当しました。

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