朝晴れエッセー

3・11への思い・7月17日

長男は現在大学3年生。アパート一人住まい。ときどき安否連絡が家内にあるようだが、趣味・遊び・バイトの話ばかり。本業たる学業は一体どうなっているのか…。

そんな折、長男から1通のメールが入る。「今、就活についていろいろ考えていて、防災関連の仕事に就きたいと思うが」の相談。何故に防災関連なんだろうと考えた瞬間、もしやと思ったが、「あの3・11の震災は忘れられない。どうしてもあのときの思いが離れないんだ」と、メールが続く。的中した…。が、それは私自身の震災へのトラウマから連想されたもので、あの震災が長男にとって、これほど深く胸に刻まれていたことを、あらためて思い知らされ、がくぜんとした。

当時長男は小学6年生。家族は幸い皆無事であったが、家は津波で全壊、すべてを流された。襲う恐怖や喪失感から子供たちを守ろうと、私たち夫婦は必死だった。それに子供たちはいつも笑顔で応えてくれていたし、とても明るかった。それ故に、子供たちの心は深い傷を負うことなく、乗り越えてきたと信じていたのだが。

「何かに気付いてやるべきこと、やりたいことが見つかったのは、何よりと思う」との返信に「ありがとう」と返る。将来を見据えた固い信念がうかがい知れた。

震災から8年がたち、子供たちが残してきた絵画や文集など、成長を追いながら、作品をながめていたそのときだった。一首の短歌に目が留まり、はっとした。

「土台だけ 残ったわが家の隅っこに まっすぐ伸びた一輪の花」。震災1年後の作品、長男のものだった。

小野寺 浩 52 宮城県気仙沼市