開幕の広島2回戦が雨で中止となり、猛虎たちは次の中日戦のため名古屋へと向かった。筆者は広島に居残った。4月8日のウエスタン・リーグ、広島-南海戦にドカベン香川がデビューしたからである。
〝涙の告白〟以来、久々に会った香川にはいつもの明るさが戻っていた。「阪神についていかんでええん?」「お前のデビュー戦は見逃せんやろ」。香川はうれしそうに笑った。
2軍スタート―。落ち込むどころか香川は2軍生活を満喫していた。住まいは堺市中百舌鳥の選手寮「秀鷹寮」。生まれて初めての〝1人暮らし〟である。
1年生にはたくさんの仕事があった。まずは「手紙整理係」。そして「電話係」。初めは「そんなん家でもやってたから簡単や」と言っていたが、これが大変。部屋やトイレ、屋上で素振りをしていてもベルの音が聞こえたら、ダッシュで出なければ、先輩たちから「遅いわ!」と怒鳴られる。
本来、この仕事は1年生の持ち回り。だが、「香川の専属にしては」という意見が出された。かかってくる電話のほとんどが香川への電話。1日に何十本とかかってくることもあり、そのたびに部屋から約25メートルを走る。球団首脳陣も「こりゃぁ、ドカにはええ練習や。毎日やらせたら、かなり痩せられるで」と本気で検討したという。
さて、デビュー戦。香川は「3番・捕手」で先発のマスクをかぶった。
◇4月8日 広島市民球場
南海 100 010 200=4
広島 001 100 000=2
(勝)大石1勝 (敗)土居1敗
穴吹2軍監督は「3番でスタメン出場ということで、他の選手から妬(ねた)まれるかもしれん。けど、彼は力で解消していける男だよ」という。その期待に香川は応えた。
一回裏に小川、三回には永田の二盗をピシャリ。打っては五回、1死から投手のグラブをはじいて中前へ抜ける初ヒット。2死後、山本雅の左中間二塁打でドスドスと一塁から一気にホームイン。すると両軍スタンドから「ドカベン、お疲れさ~ん」と大声援と大きな拍手が湧き起こった。
「オープン戦のときは打つことばかり考えてたけど、きょうからはチームが勝つプレーを心掛けるんや」
香川にうれしい〝春〟が訪れていた。(敬称略)