朝晴れエッセー

ソロバン・7月15日

今でこそ「ソロバン」は影がうすくなったが、昔は計算手段として必需品だった。まだ、電卓がなかった時代のソロバンはずいぶんと重宝したものだ。

私は昭和45年に地元の郵便局に就職した。最初の3年間は郵便を配達したが、ある試験に合格してから窓口で仕事をするようになった。

そのころはパソコンもなく、とにかくソロバンが計算機として大いに活躍した。ソロバンができなければ、郵便局の窓口で仕事ができなかった。ソロバンがまったくできなかった私は、必死で勉強をした。練習帳で足し算や掛け算を一生懸命にやり、やっとのことでソロバンができるようになった。できるようになると、窓口での業務が不思議と楽しくなった。大勢のお客さまと会話がはずみ、テキパキと仕事がこなせた。

53歳のときに郵便局を早期に退職した。すでにパソコンが普及しており、計算も楽になった。昔は計算が大変だったことを退職した今でも、勤務していた郵便局の前を通ると必ず思い出す。自宅には当時、必死で習ったソロバンが今も大切に保管してある。私の最も大事な「宝物」である。

時たま、頭の体操に手の指を動かしている。ソロバンを夢中ですると脳が活性化し、やり終えたあとは気分がスッキリとする。私の元気の源で、目標は長生きをして人生を大いに楽しむことである。ソロバンは私のとても重要な相棒、パートナーでもあるのだ…。

渡辺 庄吉 67 山梨県富士吉田市