金融庁金融審議会の「老後に2千万円が必要」とする報告書をめぐる一連の騒動で、金融業界に戸惑いが広がっている。報告書そのものに対しては高く評価する一方で、報告書が事実上撤回されるという異常事態には静観を決め込む。そんな中、老後の資産を増やすためのセミナーや金融商品への関心が急に高まっており、業界関係者は素直に喜べない複雑な表情を浮かべている。
「金融庁の方がいる前で2千万円は禁句になってるんですよ」
「この件ではマスコミにコメントしないことになっていまして…」
「最近はお客さまに説明する際にも、『自助』という言葉が使いづらくなっていますね」
このところ2千万円の話を金融機関の関係者に尋ねると、みな一様に困った表情を浮かべる。
金融審は昨年9月から、高齢社会における金融サービスのあり方などについて集中的に議論し、今年6月上旬に報告書をとりまとめた。その際に「高齢者夫婦の平均的な姿」として、無職の夫(65)と60歳以上の妻が今後30年生きる場合、年金収入以外に必要となる金額として「2千万円」の数字を示した。
説明不足の面もあって「2千万円」や「毎月の赤字額が5万円」の言葉がセンセーショナルに受け止められ、麻生太郎財務相兼金融担当相が報告書の受け取りを拒否。報告書は事実上、撤回される事態に発展した。通常国会でも何度か取り上げられたものの、議論が深まらないまま閉会してしまった。
中ぶらりんになった報告書ではあるが、金融業界では、高齢社会を迎えた日本社会の現実を示し、資産形成の重要性を訴えた内容を高く評価する声が多く聞かれる。
「こういう事実を突きつけられて国民一人一人が自分の人生について考えていくべきものではないか」(日本取引所グループの清田瞭(あきら)最高経営責任者)
「老後の備えについてあるべき方向が書かれた立派な報告書だ」(日本証券業協会の鈴木茂晴会長)
「2千万円」に刺激される形で、個人の動きも活発化している。社会人向けに金融経済教育を行うファイナンシャルアカデミー(東京都千代田区)が6月17日に「老後に2千万円は本当に必要か」をテーマに開いたセミナーには、当初予定の36人を大幅に超える144人が参加した。セミナーでは、報告書に対する受け止めとして、多くの人が「不安」や「疑問」を訴えた。参加した40代の女性は「前から資産形成の重要性は分かっていたが、本格的に始める気になった」と感想を述べた。