朝晴れエッセー

米寿・7月7日

母は今年8月で満88歳を迎える。4年前には体調を崩し、入退院を繰り返していたが、縁起の良い令和の新元号にいよいよ「米寿」を迎えることができる。このごろの体調はまずまずで、口調もしっかりしているが、耳はますます遠くなり、独り言も増えた。この数カ月で認知の症状が早く進んでいるようなのが気にかかる。

父は21年前の平成10年7月、暑い夏の日に逝った。「トンマカ、トンマカ」、粉河(こかわ)祭(まつり)が近づく太鼓やかねの音色を聞くことなく、病室で父は静かに旅立った。

全国を震撼(しんかん)させたあのカレー毒物混入事件が発生する1週間前のことだった。

警察官の私に、警察の先輩でもあった父が、この事件に専念できるようにと気を使ってくれたのかもしれない。後に総務広報担当として事件に多忙を極めたときに、そう感じたことがあった。

あれから母は、この20年余りを父の人生の分までを背負って、一人で気丈に生きてきた。五月晴れの夕方、母はおぼつかない足元で自宅の庭先に出て、紫陽花(あじさい)の枝を折っていた。どうやら仏壇の父に、この花を供えるつもりらしい。

「ただいま」と耳元で言うと、「おかえり」と、母は振り返って満面の笑みを浮かべた。どれほど私のことを認識してくれているのだろうかと、ふと思った。今年もまた夏の暑い日が、まもなくやってくる。

山下 晃司 65 更生保護施設長 和歌山県紀の川市