朝晴れエッセー

楽しき釣り人・7月3日

「海は広いな、大きいな」。海を前にする生活に憧れて、鵠沼(くげぬま)、七里ケ浜、片瀬海岸と3度の転居も、すべて湘南の海の前。30年ほどの会社勤めも終え、晴れて組織のしがらみから放たれ、自由の身になれた。

これから釣り三昧ができると心が躍り、いざ出陣と早朝の江の島岸壁に向かう。すでに数メートル間隔で先客が釣り糸を垂れている。その間に立ち止まり釣り支度を始めると、強面の爺さまが「ここは駄目」「なぜですか」「後から友人が来るから」。

私は次の場所に移動する。「そこも駄目、あとから友人が来るから」。花火や、花見の場所取りでもあるまいし。どうやらこの世界にも牢名主(ろうなぬし)がいて、「シマを仕切り」、新入りをいびるらしい。

後から後から日焼けした爺さま連中が、仲間内の符牒(ふちょう)らしき言葉を使い、「シマ入り」を果たす。「彼らはきっと会社勤めの際には上司からこっぴどくされ、釣り場でうっぷんを晴らしているのだ」と自分に言い聞かせて、岸壁の端で釣り糸を垂れる。

魚はこの間の事情を知ってか知らぬか、私を含めて周りの人たちに、小鰯がどんどん釣れ始めた。「シマの連中」は今さら移動することもできずにイライラしているのが見て取れる。

それから数カ月後、私はシマの仲間入りを果たした。話してみれば皆、好々爺ばかり。明日も釣りですねとカミサンに念を押される人、夕刻まで戻れない人、仕掛けを売って小遣い作りをしている人、人生いろいろ、釣りもいろいろ。「海は広いな、大きいな」

手塚 康義 83 神奈川県藤沢市