猛虎たちが米国・アリゾナ州テンピでの春季キャンプに向かったとき、筆者は高知・大方町(現黒潮町)で行われている南海のキャンプに来ていた。
2月6日、キャンプ初日。大方球場は大興奮に包まれた。例年ならファンも数えるほどで報道陣も多くて20人。ところがこの年は「ドカベン」香川をひと目みようと、初日から100人以上のファンが詰めかけ、報道陣もテレビカメラ7台、記者150人。至近距離からの撮影は禁止。練習中にむやみに声を掛けない-など、異例の報道規制が敷かれ、香川の行くところを人々が波のように動いた。
久しぶりに見る香川はちょっぴり痩せていた。年明けに合宿所「秀鷹寮」で行われた身体検査では、ベストより16キロオーバーの体重106キロだった。実は1月12日の自主トレ初日、香川は練習開始35分、ジョギングの段階で腰の異常を訴えてリタイアしていた。
「高校のときから走ると腰が変になる」と半べそ状態の香川。さっそく緊急コーチ会議が開かれた。まずは食生活の改善。食事の量を減らすより、大好物のコーラやジュースなど糖質飲料を全面禁止。そしてランニング主体のトレーニングメニューが組まれた。ただし、いつでも異常を感じたら即刻ストップ。過保護? 現時点ではそれが最善だった。
少しスマートになった香川は初のフリー打撃で柵越え4発をかっ飛ばし、ファンの大声援に応えた。グラウンドでの練習が終わると選手宿舎となっている「土佐ユートピアカントリークラブ」でランニング。起伏に富んだゴルフコースを懸命に走った。
最後の300メートルはハンディレース。香川だけ30メートル先から「よーいドン」。ゴール寸前、片平に抜かれて2着でゴール。「負けたぁ!」と芝の上で大の字になった。そんな香川にもっと早く追い越せると思っていたナインたちが「ドカ、やるやないか」「香川、速すぎるで」と笑顔で抱きついた。広瀬監督は言う。
「いまは一生懸命、1軍の選手についていくことや。練習はダメでも試合になれば力を発揮する選手はぎょうさんおる。香川もそうやないかと思う。多少の差は目をつむるさ」
広瀬監督の言葉は優しい。みんなが香川を可愛(かわい)がり、知恵をしぼり、育てようとしている。〈ええ球団に入ったなぁ〉少し温かな気持ちになった。(敬称略)