政府は「未来投資会議」(議長・安倍晋三首相)で、働きたい高齢者に対して定年延長など70歳までの雇用確保を企業に求める方針を示した。働く意欲のある高齢者を増やし、社会保障費の伸びを抑えるのが狙いで、来年の通常国会に高年齢者雇用安定法改正案を提出する考えだ。崎山みゆき日本産業ジェロントロジー協会代表理事と今野浩一郎学習院大名誉教授に課題などを聞いた。
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崎山みゆき氏「シニアの特性活用」
--継続雇用年齢の引き上げについて、現場ではどのような声が出ているか
「企業からは『シニア社員はモチベーションが低い人が多い』『若い人と同じことをやってもらうのも適切でない』『正直どうしていいか分からない』という反応が多かった。シニア世代からは『家にいてもやることもないから、まだ働いていたい』という声が聞かれた」
--シニア社員を雇用する上でどんな課題があるのか
「今後の日本の労働力を考えると、シニアも活用していかなければならないのは必然。そのための環境整備は急務といえる。性別や国籍に比べてあまり意識されていないが、年齢もダイバーシティー(多様性)の一つ。それなのに、企業の多くはシニアの特性を考えずに仕事を振っているから齟齬(そご)が生じる。辞めた人の穴埋めや、余った仕事をさせるケースが多いが、それでは本人のモチベーションも上がらず、能力も生かせない」
--シニアの特性とは
「例えば、細かい文字の資料やタブレット端末などは加齢によって使いにくくなり、通院や介護などでの欠勤も増える。また、シニアは創造性やスピードを求められる仕事には向かなくなっていくが、語彙力や説明する能力は高く、悩みや困り事を聞くなど、人生経験を問われる仕事には向いている。こうした加齢に伴う生活変化や身体的特性を理解し、うまく付き合うのに必要なのがジェロントロジー(加齢学)。経営者や管理職はもちろん、シニア自身もこういった視点を学ぶべきだろう」
--企業がやるべきことは
「シニアの特性を理解し、その企業の中にあるシニアに向いた仕事を洗い出すべきだ。必ずしも若い人と同じような仕事、同じ拘束時間である必要はない。仕事を半分にして、副業を認めるなど、シニア世代向けの働き方改革も同時に推し進めていかなければならない」
--シニア世代に求められることは
「今のシニアは、働けば働いただけもらえる時代を経験し、働く=お金ありきの人が多いが、仕事にお金と置き換わる、生きがい、社会参加といった価値も見いだせるよう、考え方を変えるべき時代が来ている。シニアが働き続けるには、企業の環境、シニアの意識双方が変わり、歩み寄ることが必要だ。また、シニアは健康状態や家庭環境などが変わりやすいので、ライフプランは1年スパンで考えると良い。自分の状況や能力を的確に把握し、それに適した職場を探せる人が今後も社会で活躍できる」(加藤聖子)
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さきやま・みゆき 昭和40年、神奈川県生まれ。日本産業ジェロントロジー協会代表理事。自分楽代表取締役。加齢学に基づき企業にシニア人材の活用指導を展開。主著に「シニア人材マネジメントの教科書」。
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今野浩一郎氏「競争力にダメージも」
--継続雇用年齢の引き上げについてどう考えるか
「労働力が不足する中、シニアにがんばって働いてもらう必要があるのは分かる。ただ、いま法律で70歳までの継続雇用を義務付けることがいいとは思わない。義務化すれば企業はそれに対応するとは思うが、やむなく雇用を続ける置いてやる雇用が増える。これでは働く側はやる気が出ない。労働意欲の低い大量のシニアを企業がかかえることになれば、企業の競争力にはマイナスになる」
--起業などへの支援も盛り込まれる
「そもそも65歳で起業しますか? 現実にはそういう選択をする人は少ない。多様な選択肢を示されても、選択する人は一部。とすると、実質上多いのは、これまで働いていた企業が継続雇用するケース。つまり、正社員として働いている人を70歳まで雇いなさいと求めているのに等しいので、それを前提に考える必要がある」
--今回は年金支給開始年齢の引き上げは行われない
「年金支給開始年齢前に年齢を理由に雇用関係を解消することは認めないというのが国際的な相場。わが国も同じように、退職年齢と年金支給開始年齢間に空白期間があるので、希望者全員を段階的に65歳まで継続雇用することを企業に義務付けている。この点からすると、65歳を超えて働くことを奨励する、あるいはそれを支援するのはいいが、年金支給が65歳からなのに70歳まで雇用しろというのは企業に頼り過ぎだと思う」
--労働現場でのシニアの活用は待ったなしだ
「希望者全員を65歳まで雇用するという現行の法律に対しては、ほとんどの企業が雇用を確保する点ではすでに対応している。問題は雇用の質だ。企業はシニアを戦力化するための活用・処遇などの人事管理について、シニアは働き方やキャリアの作り方について試行錯誤している。もうしばらく、様子をみてから70歳までの雇用継続の政策を検討すべきではないのか。雇用の質を考えずに雇用の確保を無理に進めることは、企業にとってもシニアにとっても望ましいことではない。企業は競争力を落とし、シニアは働きがいをもてないことになろう」
--シニア自身の課題は
「職業生活が長くなると、管理職などの責任ある仕事から第一線の担当者に降りるキャリアが普通になる。そのときにシニア自身も職場の戦力として生き生き働くために自らを変える必要がある。これは働く価値観を変えることになるので時間がかかる。この点からももう少し時間がほしい」(平沢裕子)
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いまの・こういちろう 昭和21年、東京都生まれ。平成4年から29年まで学習院大学経済学部教授。29年からは学習院さくらアカデミー長に就任。著書に「高齢社員の人事管理」など。
もっと労使双方の声を
昨年暮れに60歳定年となり会社を辞めた他社の女性記者が先日、「やっと再就職が決まったの」と教えてくれた。記者とは全く違う職種で、給料は新聞社に再雇用されて働くのと同じぐらいという。「再雇用で提示された仕事に全く魅力を感じなかった。今の会社では娘のような年齢の子たちに仕事を教えてもらっているけど、この年でも新しいことを覚えるのは楽しいわね」とうれしそうだった。
いま、企業に65歳までの継続雇用が義務付けられているとはいえ、シニアをうまく活用している企業はどれだけあるだろうか。この状況で70歳までの雇用義務化を急ぐのは、年金支給開始年齢のさらなる引き上げが裏にあるのかと勘ぐってしまう。
70歳までの雇用義務化は、もう少し企業現場の実態を把握し、労使双方の声を聞くなどしてからでも遅くはないと思うのだが、どうだろう。(平沢裕子)