【商業捕鯨の灯 ふたたび】(上)IWC脱退の内幕 敗訴後ひそかに練られた4つのシナリオ(3/3ページ) - 産経ニュース

メインコンテンツ

商業捕鯨の灯 ふたたび

(上)IWC脱退の内幕 敗訴後ひそかに練られた4つのシナリオ

 ICJに日本を訴えたオーストラリアは「IWCは鯨類の保護を担う機関に変容した」と主張した。さらに、15年に新たな調査計画による日本の調査捕鯨が実施されると、「法的措置の選択肢を探求している」と牽制(けんせい)してきた。

 こうしたことを背景に、日本政府はIWCを脱退して行う商業捕鯨の枠組みをひそかに検討した。推進力となったのは、捕鯨拠点が地盤である山口県出身の安倍首相と和歌山県出身の二階俊博・自民党幹事長。農水省幹部はこう振り返る。

 「IWCにとどまっていては日本の捕鯨はなくなる。決断するのは安倍政権の今しかなかった」

 ■最後の提案も否決

 18年9月、ブラジルで開かれたIWC総会。日本政府は最後の提案を行った。同じ屋根の下に捕鯨支持国と反捕鯨国の間に敷居を作って「家庭内離婚」の状況を実現し、商業捕鯨の再開につなげるという内容だった。しかし多数を占める反捕鯨国が支持せず、否決された。

 「万策尽きた」(農水省幹部)。日本政府はIWC脱退と商業捕鯨の再開を決断した。14年に示された選択肢の(2)と(3)の中間的な枠組み。操業エリアは排他的経済水域(EEZ)内に設定したが、それでもオーストラリアや欧米などの反捕鯨国を中心に国際社会から批判が強まる恐れがある。

 森下氏は「IWC脱退はゴールではなく、新たなスタート」と強調する。その言葉には、八方ふさがりの国際環境を改善する努力を怠れば、日本の捕鯨は袋小路に追い込まれるという危機感が込められている。

 日本は30日、IWCを脱退し、7月1日から31年ぶりに商業捕鯨を再開する。IWC脱退はICJでの敗訴が大きく影響した。歴史的転換点を迎える日本の捕鯨が進むべき針路を探る。

× × ×

 【商業捕鯨と調査捕鯨】商業目的の捕鯨は国際捕鯨委員会(IWC)がモラトリアム(一時停止)を1982年に採択。IWC加盟国のうち日本は88年に商業捕鯨から撤退し、再開に向けて必要な科学的データの収集を目的に、南極海や北西太平洋で調査捕鯨を続けてきた。一方、ノルウェーやアイスランドは異議申し立てや留保という手法により規定が適用されずに商業捕鯨を実施。日本も当初、モラトリアムに異議を申し立てたが、米国からの圧力などで撤回した経緯がある。