イタリアはローマの中心部。ここに世界で最小の国家バチカン市国がある。面積は皇居の40%弱しかない。しかし、その影響力たるや絶大である。全世界に散らばる12億人といわれる信者たちを動員し、政治外交から社会文化にいたる、あらゆる分野で強大な発言力を有している。
本書は、すでに『バチカン近現代史』(中公新書、2013年)という名著を刊行し、教皇庁が現代国際政治のなかで果たしてきた役割について探究し続けている、第一人者による珠玉の作品である。
中世ヨーロッパにおいて、バチカンは文字通りの権力(パワー)も用いて西欧キリスト教世界の頂点に立っていた。しかし、21世紀のこんにちにおいては、教皇庁が利用するのは権力ではなくその影響力(インフルエンス)である。
このあたりは立憲君主制を採る現代国家の王室とも共通点が見られるかもしれない。
かつての絶対君主制全盛の時代とは異なり、現代に生きる王侯たちは、評者がよく使う言葉を用いれば、「ソフトの政治外交」を担っている。現実の国際政治で条約を結んだり、国境問題などを解決したりするのは、各国の政府や職業外交官による「ハードの政治外交」ということになる。
しかし、ハードとハードとはどうしてもぶつかりやすい。そのようなときにギスギスした国家間関係にとっての潤滑油となってくれるのが、政治や外交に「継続性と安定性」をもたらしてくれるソフトの部分なのである。
とはいえ、ソフトも積み重ねていけば、いつでもハードに転じることができる。本書で明らかにされているとおり、バチカンは国際規範の形成という側面にも関わりながら、国際機関やさまざまな宗教を国内に有する各国との交渉を通じて、戦後国際政治においてもその影響力をいかんなく発揮し続けているのだ。
今年11月には、38年ぶりにローマ教皇(フランシスコ)が来日する予定である。読者諸氏には、これを機に本書を読んでしっかり「予習」していただき、世界中を飛び回るこの国際政治の真の立役者の姿に接してほしい。(千倉書房・4500円+税)
評・君塚直隆(関東学院大教授)