人工知能(AI)は、いまのままでは必ずしも世界をよりよいものにするとは限らない--。ロボットが人間の仕事を奪うといった懸念が絶えないなか、気鋭のAI研究者として知られるリー・フェイフェイ(李飛飛)が、スタンフォード大学で新たな研究所を立ち上げた。なぜ、この「人間中心のAI」を提唱し模索する研究所の創設に至ったのか。そして何を実現しようと考えているのか、リーに訊いた。
TEXT BY TOM SIMONITE
TRANSLATION BY TAKU SATO/GALILEO
WIRED(US)
AI研究の第一人者であるリー・フェイフェイ(李飛飛)は、ネコの脳細胞からパチパチという奇妙な音が聞こえてきたときのことを、いまもよく覚えている。それは数十年前のことだった。
研究者たちがネコの脳に電極を挿入し、その電極をスピーカーに接続したのだ。すると、ニューロンの発火する音がプリンストン大学の実験室に響き渡った。「哺乳類の視覚系の交響曲が奏でられたのです」と、いまはスタンフォード大学の教授を務める彼女は振り返る。
この「脳が奏でる音楽」がきっかけで、リーは知能の研究に没頭することになった。物理学科の学生だった彼女は、やがて人工知能(AI)の専門家となり、最近のAIブームや、自律走行車をはじめとするAIの活用を後押ししてきた。だが、ここにきてリーは、自身が普及に貢献してきたAIという技術が、世界を必ずしもよいものにするわけではないかもしれないことを懸念している。
スタンフォード大学における「人間中心のAI研究所(Institute for Human-Centered Artificial Intelligence:HAI)」の開設記念シンポジウムで、リーは創設者兼共同ディレクターとして基調講演した。また、ビル・ゲイツを含む産学界の大物が、AIがどのように社会を形成するかを議論し、聴衆のなかにはヘンリー・キッシンジャーや米ヤフー最高経営責任者(CEO)だったマリッサ・メイヤーなど、シリコンバレー内外の著名人らの姿もあった。
HAIは今後、政府や財政に基づく意志決定でアルゴリズムが使われる場合に公平性をどのように担保するかという課題や、AIを利用する際に必要となる新しい規制はどのようなものかといった問題を扱うことになる。
なぜいま、AI研究を新しい方向に導く必要性があるのだろうか。リーはシンポジウムのあと、『WIRED』US版にその理由を語ってくれた。
AIを学際的な研究分野に導く
--スタンフォード大学には、古くから活動しているAI研究所があります。また世界各地で、かつてないほどたくさんのAI研究開発センターが立ち上げられていますね。なぜいま、新しい研究所をつくられたのでしょうか?
AIはコンピューターサイエンスの学問分野として始まりましたが、わたしたちはいま新たな局面を迎えています。この技術は、数多くの素晴らしいことを実現してくれる可能性を秘めている一方で、リスクや落とし穴もあるのです。わたしたちが行動を起こし、AIを人間にとってよいものにしていく必要があるでしょう。