この人に聞きたい

しょっぱい紅茶と3000m障害への転向 岡田健、超名門・米大学での文武両道

 《慣れない環境で勉学と競技を続ける日々。そして、岡田の心身は悲鳴をあげた》

 「2年生の前半が終わるまでは地獄でした。チームメートはすごく優しかったけど、心からその一員になれている感覚はなかったです。ロッカールームで好きな音楽とかテレビの話になっても固有名詞が分からない。(米国で育った彼らと)バックグラウンドが違いすぎる。『日本だったらどう?』とか『健はどう思う?』と振ってくれたら話せたけど、どう会話に入り込むか分からなかった。会話をさえぎっちゃうのも怖かった。

 競技で結果を出さないとと思って、がむしゃらに頑張っていた。でも、試合で脱水症状でふらふらになったり、インフルエンザに罹ったり。2年の秋、紅茶を飲んだらしょっぱくて。ポットを洗ってないからかと思って、洗って入れ直したけど、やっぱりしょっぱくて。別の人に飲んでもらったら『何言ってんだ。お前、おかしいんじゃないか?』って。味覚障害になってしまっていたんです。ストレスで。液体が全部が塩水みたいな味になってしまった。ニキビも出て、夜、寝ようと思ったら、悲しいことがないのに涙が止まらなくなったりもしました」

 《転機は2年生の後半に訪れる。それまで1500mや5000mをメインに取り組んできたが、コーチの勧めもあって3000m障害に初めて挑戦。すると、うまく走れたのだ》

 「僕自身も3000m障害をやりたいと思っていたんです。3000m障害は運動神経が良い長距離選手がやる種目。障害を跳び越える姿は格好いいなって思います。ただ、1500mとか5000mで上のレベルに行けない人が3000m障害に逃げるイメージがあったので、種目を転向することに最初は抵抗がありました。

 全米に5つあるトップカンファレンスの1つ『PAC12』という大会があります。日本で言えば、六大学とか関東インカレみたいな感じですかね。その3000m障害に出場して5位になれました。8位以内に入ると、チームの得点に加算されるんです。コーチもほめてくれたし、チームメートからも必要とされているなとすごく感じて、この辺から少しずつ自信が付いてきました。

 米国人は差別に敏感です。米国人は自分の努力でどうしようもないことでは差別しない。肌の色とか、性別とか。でも、努力でどうにかなることは別。英語をしゃべれるようになって、チームメートの雑談に加われたりすると、一人の良き友人として認められたなと感じられました」

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