この人に聞きたい

しょっぱい紅茶と3000m障害への転向 岡田健、超名門・米大学での文武両道

 《とはいえ、箱根駅伝という華やかな舞台を諦める決断は簡単でなかったのではないだろうか》

 「小さい頃からの夢ではあったので葛藤はありましたけどね。米国に行きたいと思った、もう一つの理由は、世界ユースの時に、いろんな国の選手と交流を持つ機会があって、全然、コミュニケーションが取れなかったんです。インタビューでも何を聞かれているかは何となく分かったけど、日本語で返答してしまう間抜けな形になってしまった。一人の人間として、それはどうなんだろうと。米国の大学で必要なお金とか、どれだけ試験や課題があるかは知らなかったんです。知っていたら行かなかったと思います。良い意味で恐れ知らずでした」

 《高校3年、チームの主将として全国高校駅伝に出場するかたわら勉強に励み、TOEFLやSATといった試験で、定められた水準の得点を取って留学の道を切り開いた》

 「練習時間を調整してもらって、塾にも行って勉強して。合宿にも問題集を持ち込んでいました。うちの大学は多様性を求めるので、『大学にあなたはどういうバリュー(価値)を提供できるか』で見られる。僕はスポーツ推薦のような形でした。高校の恩師のつてで、バークレーのコーチとつながりを持てて、コンタクトを取っていたんです。

 入学すると、それまで受験勉強に専念していたので、体力を戻さなければいけなかったし、慣れない生活をするのに精いっぱいだったので、練習は二の次でした。最初は変なプライドが邪魔して、発音が変だとか、バカだと思われたくなくて、しゃべるのをためらったりしていた。殻に閉じ籠もりがちだったですね」

 《チーム練習は週8回。朝2回と午後6回。水曜日だけは各自に任せられていた》

 「朝練は6時から8時まででウエートトレーニングとジョグ。午後は14時半からです。クールダウンを終えて、ロッカーを出るのが17時半とか、遅い時で18時とか。それから食事をキャンパス近くの食堂か自炊してとって、図書館に行くなどして勉強します。授業は1日3限ぐらい。課題がその倍かかる。試験シーズンは(勉強が終わるのが)午前2時とか日付を越えたりしていました。アスリートだから勉強免除というのは一切ないので。

 僕は社会学を専攻していて、次回までに100ページ読んで要約を書いてこいとか。6ページのリポートを出せとか、エッセーを出せとか。慣れないと(テキストを)どこまで読まないといけないか、どこを飛ばしていいか分からなかったので、バカ正直に全部読んで、寝る時間がなかったです。うちの大学は全米の何かの統計で『ストレスフルな大学』に選ばれて、みんな『あー、分かる』って。単位は厳しいです」

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