幼子の遺骨も発見 テニアンで令和初の遺骨調査・収容活動

洞窟内から収容された遺骨と対面する伊藤久夫さん(右)=18日午後、テニアン島
洞窟内から収容された遺骨と対面する伊藤久夫さん(右)=18日午後、テニアン島

 【テニアン(北マリアナ諸島)=池田祥子】かつて多くの日本人が暮らし、第二次大戦では民間人も犠牲になった北マリアナ諸島・テニアン島で戦没者の遺骨調査・収容が15日から始まった。新時代「令和」となって初の活動。気温30度を超える暑さとサンゴ礁の固い地盤での作業は困難を極める中で、派遣メンバーは戦後70年あまりを経ても祖国帰還を果たせない遺骨を捜して汗を流している。

 18日、島南部カスティズ地区の雑木林に分け入った。昨秋の台風の影響で倒木が続く道を進み、急峻な崖を下ると、隆起サンゴ礁による天然の洞窟(高さ1・5メートル、幅3・3メートル、奥行き7・5メートル)が現れた。目の前には、紺碧の太平洋が広がり、南国の強い日差しが容赦なく照りつける。

 国の委託を受けた日本戦没者遺骨収集推進協会の20~84歳で構成するメンバーら約15人が熊手などで、土をかき始めた。

 洞窟では、メンバーの伊藤久夫さん(84)=福島県=一家を含む計5家族が集団自決を図り、20人が亡くなった。この日は、堆積した洞窟内の土を外に運び出し、当時の地面まで掘り起こしながら捜索した。

 「遺骨が出たよ」。過去にも遺骨収集が実施された場所だが、土をかき分けると、朽ちかけた頭や腕の骨、歯が次々と発見された。洞窟内から運び出した砂はさらにふるいにかけて、数ミリ~数センチの骨片まで丹念に捜し出した。

 「これは乳児の腕の骨や肋骨。こちらは胎児の可能性もある」と派遣団を率いる赤木衛さん(54)。洞窟からは、成人以外に乳児、約3歳、約5歳とみられる小さな遺骨も発見された。約5歳の遺骨の一部には、存命していれば生え替わったはずの永久歯が上あご内に確認された。

 一日中洞窟内で収容活動を行った伊藤さんは「これで洞窟内のみんなが日本に帰れる」と感極まった様子で語った。

 テニアンでは、昭和19年8月2日に旧日本軍が玉砕し、民間人を含む約1万5500人が戦死、約5千人分の遺骨が残されている。

 戦没者の遺骨収集をめぐっては、平成28年3月、戦没者の遺骨収集を初めて法的に「国の責務」と位置づけた「戦没者遺骨収集推進法」が成立。令和6年度までを集中実施期間と定め、制度整備を進めた。平成28年7月には、国から委託を受けた日本戦没者遺骨収集推進協会が設立された。

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