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香港200万人デモの衝撃 藤本欣也

香港で16日に起きた約200万人(主催者発表)デモを目の当たりにして、信じられない思いがした。香港市民が100万人規模で中国にNOを突きつけたのは実に4回目だ。そんな地域は世界のどこにもない。

香港で最初に100万人規模のデモが起きたのは、英領時代の1989年5月21日。中国・北京の天安門広場を舞台にした中国の民主化運動への支持を訴えるデモだった。同28日にも150万人規模の同様のデモが起きている。

中国の学生たちを支援するのが目的だったが、実際には、中国への返還が8年後の97年に迫る中、自分たちの将来を心配した反中デモだった。香港の中国化を懸念したのだ。

そして今回、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする条例の改正問題をめぐり、今月9日に103万人(主催者発表)が、16日には約200万人が香港政府とその背後の中国当局に異議を唱えたのである。

私は98年から2001年まで香港に特派員として駐在したが、その経験から考えて、そもそも多くの市民が政治的デモに参加したこと自体に驚いた。

もともと香港は移民たちによって形成された街だ。アヘン戦争後の1842年に英国の植民地となって以降、香港は「借りものの場所、借りものの時間」としばしば形容されてきた。

だからだろうか、香港に駐在していた当時、周りには「中国との間で何か問題が起きれば移民すればいい」と考えていた香港市民が少なくなかった。

高度な自治が保障された香港の「一国二制度」は返還から50年間、つまり2047年までしか適用されない。それ以降は共産中国に完全に飲み込まれる。当時の市民にとって、香港は返還後も「借りものの場所、借りものの時間」という認識だったのではないか。

変化が起きたのは、返還後に生まれた香港人が増えてからだ。非植民地の香港に生まれた彼らに、もはや移民意識はない。香港が故郷であり、借りものではない自分の「場所」である。