朝晴れエッセー

校長先生・6月16日

高校の重たい校長室の扉を私と不登校の息子がそのとき、開けた。

そこには学級担任をはじめ数人の先生方が控えていた。微笑もなかった。いよいよ退学勧告かと、私たちは中央の席に黙って座った。

校長先生は息子を見るなり「元気そうではないか」と大きな声をかけてくれた。

しばらくすると「勉強には、向き不向きということもある。ここにおられる先生方は、君が卒業するまで責任を持つといってくれているから、安心しなさい」。それを聞いて私たちの凍りついていた不安な心は感謝に一変した。

そして「まず授業時間が終わったころ学校へきて、部活の陸上でもやるように」といってくれた。このことが復学のきっかけになった。息子は、なんとか4年で高校を卒業した。その後航空自衛隊や民間企業にも就職した。

息子が高校を卒業して35年がたつ。息子は、その後アメリカの大学をへて、いま同国の企業で働いている。

昨年末、遅まきながら高校時代の校長先生に、お礼をしようということになった。だがすでに先生は平成22年に亡くなられていた。やむをえず奥様に事情を話してご仏前をおくらせてもらった。「亡き主人も喜ぶと思います。苦しい経験(不登校)が、いまの生活に役立っておるのでしょうか。ようございましたね」と奥様から慰められた。校長先生のご冥福(めいふく)を祈るばかりである。

伊東 一仁 83 静岡県三島市