主張

老後「2千万円」 厳しい現実に目背けるな

 「老後資金は2千万円不足する」とした金融庁の報告書が波紋を広げている。野党が政権への攻撃材料として取り上げ、安倍晋三首相は「誤解を与えるものだった」と釈明した。

 報告書の趣旨は「人生100年時代」を見据えて国民が老後資金を確保する重要性を訴えたものである。不足額は現在の家計調査をもとに機械的に算出したものにすぎない。

 だが野党は、ことさらに公的年金と豊かな老後を送るための余裕資金を混同させ、不安をあおってはいないか。これが参院選を控えた戦術であるとすれば、あまりに不毛だ。これでは少子高齢化が加速する中で、国民の利益につながる老後のあり方について、建設的な論議など望みようがない。

 報告書は総務省の家計調査にもとづき、平均的な無職の高齢世帯(夫65歳、妻60歳以上)について「毎月の赤字額は約5万円」と試算し、「20年で約1300万円、30年で約2千万円の取り崩しが必要になる」と指摘した。

 不足額を「赤字」と表現したことについて政府は「誤解を招いて不適切だった」と釈明した。与党内からも問題視する声が上がり、麻生太郎金融担当相は報告書を受理せず、金融庁は事実上の撤回に追い込まれた。数字の独り歩きを招く表現は軽率だった。

 野党は報告書について「『100年安心』は嘘だったのか」と揚げ足取りに終始している。だが公的年金は元来、老後資金の全てを賄う設計とはなっていない。この大原則は民主党政権時も同様で、知らないはずはない。

 老後に必要な資金額を紹介し、自助努力を促すことは本来、当然のことである。

 公的年金は、現役世代が今の高齢世代を扶助する仕組みである。今後は高齢化が進むのに伴い、給付の抑制も予定される。現役世代にどこまで負担を求め、高齢世代への給付をどう抑えれば理解を得られるのか。今はその難しいかじ取りを迫られている。

 それだけに野党は、公的年金に対する無用な不信を広げるような言動は慎むべきである。政府・与党も報告書の撤回でお茶を濁し、少子高齢化で迎える厳しい現実から目を背けてはならない。年金の長期的な給付水準を示す財政検証を早期に示し、与野党で幅広い真摯(しんし)な議論を進めるべきである。

会員限定記事会員サービス詳細