「読者を『船』に乗せて小説のラストへと連れていく。乗っている最中には、いろんなことを考えてもらえるように書きたい」。真保裕一さん(58)の新作『おまえの罪を自白しろ』(文芸春秋)は政界の疑惑が絡んだ誘拐サスペンス。大きな謎と陰影ある人間ドラマが絶妙に混ざりあう、厚みのあるエンターテインメント長編だ。
首相の関与が疑われる公共工事のスキャンダルをめぐり、批判の矢面に立たされた与党の中堅代議士・宇田清治郎。そのさなかに彼の3歳になる孫娘が誘拐される。犯人の要求は身代金ではなく、記者会見を開いて、これまでのすべての罪を自白すること。誰が、一体何の目的で? タイムリミットが迫る中、清治郎の秘書を務める次男の宇田晄司(こうじ)は警察とともに、動機すら想像できない奇怪な犯行に立ち向かう。
「読者との知恵比べですね。この誘拐ネタを思いついたときは面白いものになるなと」と真保さん。「安全神話」を過信しがちな日本社会への警鐘も込められている。「政治家や役人を狙った誘拐は海外では結構起きている。国境を超える犯罪が増える中でも、何とか今の治安大国を守ってほしいな、と。とんでもない犯罪ばかり起きたら、もうミステリーという知的遊戯も楽しめないですから」
選挙が題材のミステリー『ダイスをころがせ!』の著者らしく、自己保身に突き進む官邸側の権謀術数も臨場感たっぷりに描く。二転三転する謎解きのスリルも魅力だが、この小説は事業に挫折した末、父の秘書となり毛嫌いしていた政治に関わっていく晄司の葛藤と成長の物語でもある。執筆中、堅気の世界からマフィア・ファミリーのトップを継ぐ男を描いた米映画「ゴッドファーザー」がふと頭をよぎったという。「この晄司も政界の外から来て、父をずっと批判的に見てきた。その視点があるから、犯人との対決だけじゃなく、親子間の考えの違いや確執も描ける。これは理にかなった物語の作り方なのかもしれない」
アニメーション製作の世界から転身してから28年。エンターテインメント小説界の第一線に立つ。
「ルパン、ホームズ、少年探偵団…と、自分が昔読んだ面白い作品と闘わなきゃいけない。『ああ、幸福なひとときだったなあ』と心から思える読書体験を少しでも多くの人に味わってほしい…それだけなんですよ」(海老沢類)
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【プロフィル】真保裕一
しんぽ・ゆういち 昭和36年、東京生まれ。平成3年、『連鎖』で江戸川乱歩賞を受けてデビュー。8年に『ホワイトアウト』で吉川英治文学新人賞、9年には『奪取』で山本周五郎賞などを受賞。ほかに『オリンピックへ行こう!』など著書多数。