朝晴れエッセー

弁当の日・6月8日

正月に一番下の孫が満3歳に成った。元気そのもので生まれて以来、病気で寝たことがない。1月13日に、保育園にお迎えに行った母親に担当の保母さんからお話があった。

「お母さん、平素、穏健な晴君が今日は怒りました。それはそれは怖い顔して、『おれのイチゴがない』と怒りました」。事の次第を母親が私にも説明してくれた。給食の時間、一緒に食べた相手の子供の弁当にはイチゴがあった。でも孫の弁当はミカンのゼリーでした。

保育園は、年に一度だけ「弁当の日」がある。平素は給食で同じ食事をしている孫にとっては、同じ食べ物が自分にもあると思っていた。「おれのイチゴがない」は自己主張の宣言であった。

園の「弁当の日」は、われわれ家族にとって意見交換、考え方の発表の場になった。夕食時に、父親は「弁当の日は子供に感謝の気持ちを育てるためにある」との意見だった。母親は「たまには手作りの食事を食べさせたいからです」。高校生の孫は「調理の方に、メニュー工夫の時間を与えたいからだ」。私は「食に関して家族で考える時間を持つためにある日だ」と、意見を述べた。

弁当の日は私たちに楽しい空想の時も与えてくれた。私の時代は近隣に保育園も、幼稚園もなく、一日中、姉や兄や同級生とともに野山を駆けずり回っていた。楽しい思い出が家族で語り合えた。今日も元気に孫達が幼稚園、小学校、高校へ出かけていった。

永松 康士 75 住職 大分県豊後高田市