朝晴れエッセー

アンヨタイ・6月6日

脳梗塞(のうこうそく)を患い、半身に麻痺(まひ)をかかえ、リハビリに専念するも、最終的に施設にお世話になり、ギリギリまで杖(つえ)をつきながら頑張って歩いていたものの、ついに車いすの生活になった母。

見舞いに行くと、当時姑(しゅうとめ)と同居していた私に、「こちらに来てもバーバ、帰ってもバーバね」と、申し訳なさそうに言っていた母。

しかし、まもなく歩行というものがいかに人間の脳に影響があり、大切なことなのかを、つくづく知ることになる。

急に認知症が進んだのである。

そんなある日のこと、突然母が昔を懐かしむように語り出した。

「駅までお買い物に行った帰り道、もう歩くのがいやになったあなたが、だっこしてもらいたくて、足が痛い…を『アンヨタイ、アンヨタイ』って言うの。しようがないわねーって、だっこしてあげたら、もうケロッとしてキャッキャッと喜んでね。かわいかった」

それからまもなく、母は私が娘であることが、わからなくなった。

たわいない生活の中のほんの一コマ。でも、私にとっては母からの、最後の最高の贈り物になった。

母亡き今、懐かしい故郷のあの江ノ電沿いの道を、母に抱かれて、キャッキャッと喜んでいる自分の姿を想像しながら、私は、今でもときどきつぶやいてみる…。

「お母さん、アンヨタイ」

橋本三枝子 70 主婦 世田谷区