藤田美術館の空也上人立像 奈良市の隔夜寺ゆかりか

藤田美術館の空也上人立像 奈良市の隔夜寺ゆかりか
藤田美術館の空也上人立像 奈良市の隔夜寺ゆかりか
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 藤田美術館(大阪市)が所蔵する南北朝~室町時代の「空也(くうや)上人立像」が、奈良市高畑町の隔夜寺(かくやじ)とゆかりが深い像であることが奈良国立博物館(同市)による調査で分かった。明治時代に同像を撮影した古写真を英王室が所蔵しており、これを調査する過程で隔夜寺にも同じ像の写真が残っていることが判明した。

 空也は平安時代、庶民らに阿弥陀信仰と念仏を広めた僧。念仏を唱える口から6体の仏が出る姿を表した京都・六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)の像(重文)などが知られている。藤田美術館の像は像高96・7センチで同様の姿をしており、当時の信仰を伝えている。隔夜寺の「隔夜」とは、奈良と長谷寺(桜井市)を一夜置きに泊まり歩いた修行を指し、空也が創始したとされる。

 奈良国立博物館の山口隆介主任研究員によると、英王室所蔵の古写真(ロイヤル・コレクション・トラスト管理)にこの像を写した1枚が含まれていることが判明。明治14年に英王子2人が来日した際、当時の旅行記に東大寺でこれとおぼしき仏像を見たとする趣旨の記述があり、東大寺で同年に開かれた第6次奈良博覧大会との関連が推測される。

 さらに調べたところ、隔夜寺にも同じ像の写真が残っていることが判明。「当堂古代本尊」と書かれた裏書きによると、博覧大会時に撮影した像の写真を大正時代に複写し、「護念仏」として納めたとみられ、像の脇には「空也堂所蔵」の文字もあった。

 山口主任研究員はこうした裏書きから、像が隔夜寺に安置されていた可能性を指摘。一方で、明治8年の第1次奈良博覧大会には、「福井みね所蔵」の「空也上人木像」が出展された記録も残っており、像の所在についての詳細は不明という。

 山口主任研究員は「空也といえば京都のイメージだが、奈良でも空也を先達とする僧侶らが活動していたことをうかがわせる」と説明。隔夜寺の中田定慧住職は「隔夜寺にいらっしゃった可能性もあるお像が奈良に戻ることができて良かった」と話している。

 藤田美術館の空也上人立像は、奈良国立博物館で6月9日まで開催中の特別展で公開されている。

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