朝晴れエッセー

はっちゃんの歪んだ笑顔・5月22日

子供のころ、近所にある「はっちゃん湯」と呼ばれる銭湯へ通っていた。銭湯にふさわしい、れっきとした名前があるのだが、誰もその名を呼ばない。番台に、はっちゃんが座っていたから、はっちゃん湯。

はっちゃんは、子供のころの病気の後遺症で、表情が歪(ゆが)んでおり、手足の関節が一部、不自由だった。私が1人で行ける年になるとはっちゃんは、時折、お釣りをおまけしてくれたものだ。

赤ちゃんがいるお母さんは、お風呂から上がった赤ちゃんに服を着せて、はっちゃんに手渡し、預けた。自分の体や髪を洗うためにもう一度、浴室へ行くのだ。はっちゃんはたくさんの赤ちゃんを抱っこしたことだろう。私もその一人の赤ちゃんであったはずだ。

私が小学校の高学年のころだっただろうか。家に内風呂ができ、はっちゃん湯へは行くこともなくなった。

はっちゃんのことは忘れていた20年ほど前に、母が近所の人たちと、老人ホームに入所していた、はっちゃんに面会に行ったという。はっちゃんは、顔をくちゃくちゃにして嗚咽(おえつ)したという。

番台とお客が、信頼し合っていた昭和という時代。私は、はっちゃんの声と顔を覚えている。はっちゃんは、自分のできる仕事をした。はっちゃんの歪んだ笑顔は、はっちゃんの心からの笑顔だから、美しい。

涌井 悦子 64 主婦 新潟県長岡市