朝晴れエッセー

蔵人がひとつになる「酒造り唄」・5月20日

実家は東北の田舎で酒造りをしているが離れて50年になる。

小さな酒蔵の朝は、暗いうちから蔵人(くらびと)たちが浸した米を、大きな釜の上にのせた樽(たる)で湯気をもうもうと出し蒸すところから始まる。蒸し具合をみるため杜氏(とうじ)は手でつぶしひねり餅(もち)を作ってみる。それをストーブで焼きしょうゆをつけて食べるのが好きで子供のころ蔵に行きねだった。

威勢のいいかけ声が聞こえ、ムシロに次々と蒸し米を入れ外へ運び出し冷やす。そのあと大きな仕込み桶(おけ)に投げ入れ、皆でトロリトロリと唄(うた)を歌いながらかきまぜる。その南部杜氏の唄が今でも脳裏に残っている。家族から離れ泊まり込みで働く蔵人たちの哀愁を帯びた唄を聴きながら育った。

酒は生き物だから正月も帰ることなく見守る。蔵人たちや近所の人たちも一緒の年越しはそれは盛大だ。そこでも酒造りの唄が出る。蔵人たちの食事に納豆は禁物だ。酒造りに納豆菌が影響してよくない。酒造りもこの時期になると造り止めとなる。

その酒蔵も先の大震災でこわれて使えなくなり今は弟とおい2人が新しい現代的で衛生的な設備の蔵で頑張っている。古いレンガ造りのゆったりとした蔵の雰囲気が失われてしまうと共に唄も消えてしまうのです。

秋には酒造りの無事を祈って神事を行う。新酒ができると軒先に杉玉をつるしたり、折々の行事は今も続いている。酒造りの工程にひとつひとつ仕事唄があったのだ。

高橋 喜久子 73 岩手県花巻市