朝晴れエッセー

笑顔の父・5月19日

「文子、今日は勉強ないんか?」

「あっ」。小学2年生の私は、ランドセルを家に置いてきたことに気付き、あわてて戻った。笑いながら、父は待っていてくれた。

中学、高校と、親のことより、友達といるときが一番楽しかった。

短大になるとよく駅まで車で送ってもらった。就職してもバス停まで父と一緒に歩いた。バス停近くに来ると「お父さんちょっとお金貸してくれへん」。父はすぐに5千円出してくれた。「返してもろたことないわ」といつも笑っていた。結婚して子供ができてもいつも静かに応援してくれていた。

だから、だから自分が60歳にもなろうとしているのに両親はいつまでも生きてくれているものと思い込んでいた。

父は脳梗塞(のうこうそく)のため1年2カ月目の不自由な生活をへてあっという間に亡くなってしまった。米寿のお祝いをしようと思っていたのに果たせなかった。

父の顔はとても美しい顔だったけれど、こんなやせた人じゃあなかった。家族だけで花にいっぱい囲まれての通夜。大きな遺影が飾られた。笑顔のふっくらとした父。これ、これ、これがお父さん。

涙が止まらない。1年2カ月、心を動かさないようにしていたのに、心が動いて動いて、涙が止まらない。「お父さん私今年還暦よ」。「何がほしいんや」。父が優しく笑っている。

森本 文子 60 奈良県生駒市