「ロマチェンコ、あれは強いなあ」
建築家、安藤忠雄さん(77)へ申し込んだインタビューが終わりかけたころ、プロボクシングの話になっていった。
「井上も強いけど、それ以上に強い」
ウクライナ出身のボクサー、ワシル・ロマチェンコ(31)は、いまや(体重差のない状態で優劣を想定する)パウンド・フォー・パウンド最強と評されているボクサーである。
アマチュア時代は北京、ロンドンの五輪で金メダルを獲得したエリート。それを名刺がわりにプロ転向後も世界最速でフェザー、スーパーフェザー、ライトの3階級を制覇した強打者である。
もちろん、井上というのは、日本が誇る軽量級のエース、井上尚弥(26)のこと。こちらもライトフライ、スーパーフライ、バンタムの世界3階級を制した無敗の王者だ。
「まあ、階級が違うからあの2人が戦うことはないやろうけど、とにかくロマチェンコは別格や」
なぜ、安藤さんとボクシング談義になったのかといえば、かつてボクシング記者だった筆者がプロボクサーだった経歴をもつ安藤さんに、近ごろのプロボクシングはいかがですか、と水を向けたせいだった。
そこから、安藤さんは立て板に水のようにボクシングのことを語り始めたのである。
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「そりゃあ、パンチが一番効くのはこめかみやね。当たったら一発で倒れる。しかし、ここにきれいにナックルを当てるのは、めちゃくちゃ難しい」
「レバーブロー(対戦相手の肝臓周辺を狙う一打)もよく効く。でも、あそこもなかなか狙って打ってもきれいに当たらないんやなあ…」
興がのってきたのであろう、安藤さんはリングに上がったことのある者だけが知る、リアルな体験談に熱弁をふるい始めた。
17歳でプロボクサーになった安藤さんは、6回戦まで行った。
ところが、あるときを境に、青春をかけたボクシングをすっぱりとあきらめることになる。
ひとりの天才ボクサーの練習を見てしまったせいだ。
「とにかくすごかった。疲れを知らないというのは、あのことやろうね」
ボクシングは1回3分間戦って1分間休憩する。
その選手はリングの上で一人立って練習していたが、相手は次々交代していった。
驚くべきは、そのスタミナだった。