朝晴れエッセー

神様修行中・5月13日

「私はだあれ?」と何回聞いたことだろうか。「私の娘」、そのたった一つの答えが欲しくて、ことあるごとに私は母に問いかけた。

牛乳があるのにまた買ってきたと、そんなことから母の認知症は始まった。薬を飲んだかわからなくなる。宅配弁当が届くのに夕食を用意する。認知症の診断が下る。「いよいよきたか」と思ったが、創意工夫で乗り切れると娘は考え、母は大丈夫と笑った。

2年後、母が趣味の習字をしようと机に向かっていたとき、突然、筆をほうり投げ「わからない」と泣き叫ぶ。「漢字を忘れた?」と言いかけた私に「忘れたんじゃあない、わからん、わからん」。字をどうやって書けばいいのかわからないのだと理解できたときは怖かった。

「お母さんはまだ娘のことはわかっているの?」とよく聞かれる。私自身も娘の私がわからなくなったときが自宅介護の限界と思っていた。だからまるでリトマス試験紙のように「私はだあれ」と問いかけた。

ここ半年、母は混沌(こんとん)とした世界にいる。

ある日、母にあの問いかけをした。「私はだあれ」。「神様?」と救いを求めるような目でまっすぐ私を見つめる。「えっ、神様?」。驚きとおかしさと母の切なさと哀(かな)しみが入り交じった気持ちの中で、もう誰でもいい、二度とこの問いかけはしないと心に誓った。

日々の中で腹の立つことも多い。怒りをぶつけそうになったとき「神様の修行中です」と口に出す。私の呪文(じゅもん)。母は母、娘は娘。

雑賀(さいか) 明美 62 会社員 大阪府藤井寺市