めぐみへの手紙

平成に拉致が白日 令和で解決に歩み

当時、北朝鮮は謎に包まれた縁遠い国でした。そんな国が、国家犯罪として日本の若者たちを次々と拉致するなど、想像を絶する出来事です。一人でも多くの国民に事実を伝え、政府に動いてもらうしかありませんでしたが、事態がどれだけ前へ進んだか、実感はなく、手探りの連続でした。

それでも少しずつ、着実に理解は広がり、何もなかった20年間から一転、日々がめまぐるしく動き出しました。デモ行進や座り込みをして、拉致解決を訴えたこともあります。

そして14年9月、北朝鮮は拉致を認めて謝罪しました。でも、めぐみたちは「死亡」「未入境」などと、偽られたままです。拉致事件のありようを、長い間、政府は、どう思ってきたのでしょうか。

お父さんは昨年4月に入院して1年が過ぎました。みるみる元気を取り戻し、最近、一緒に桜の花を見に行ったときも、目を輝かせながら、ほほえんでいました。ベッドの傍らに飾っためぐみちゃんの写真に元気をもらい、毎日、リハビリに励んでいます。

「めぐみちゃんが帰るまで元気でいないとね」。お母さんがこう話すと、お父さんは「うん、がんばる」と力強くうなずきます。いつも励まし合い、あなたの帰りを待っています。

拉致事件が起きてから、時代は昭和から平成、そして令和を迎えました。残る被害者と、私たち家族の闘いは、まだ続いています。

お父さんとお母さんは集会などに参加することは難しくなりましたが、双子の弟の拓也と哲也は国内外を駆け回っています。めぐみのことを、一瞬たりとも忘れたことはありません。

たくさんの国民が被害者全員の即時帰国を求め声をあげています。お父さんが撮影しためぐみの写真展を開いてくださるマンションの皆さま。地道に署名を集める支援者の方たち。寄居中学校のめぐみの級友も救出運動に力を注いでいます。

めぐみちゃんたちが耐え忍んできた苦しみは、決して無駄ではありません。いつの日か必ず、日本、そして世界に大きな喜びと、実りを与えるはずです。だから絶対に、元気な姿で帰国しなければなりません。必ず帰れると信じて、もう少し、頑張っていてね-。

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