朝晴れエッセー

最後の親孝行・5月3日

今年はどこで咲いているのだろう。

桜の花は、空から亡き人たちが舞い降りてきて咲かせているのだと何かで読んだことがある。だからこんなにも美しく、儚(はかな)いのだろう。

末期がんだった母と同居するために選んだこの家は、窓から公園の桜がよく見える。「春には、家でお花見ができるね」。そう話しかけたとき、母は悲しそうに笑い返事をしなかった。もうここから桜を見ることはないだろうとお互いわかっていたけれど、私はそれを認めるのが怖くて、一緒に見る桜に希望をつないだ。わずか1カ月だったが一緒に暮らせた時間は大切な宝物になった。

新元号が発表されたよく晴れた春の日。「よし。今日しかない」とずっとあの日のままだった母の部屋の片付けを始めた。最後に着ていた服を洗濯し、桜の花びらが時折舞い散ってくるベランダに干すと、母の姿がそこにあるようで涙があふれた。

「やっと一緒にお花見ができたね」。ハンガーで揺れる母の服を抱きしめた。「ありがとう。お母さん」。満開の桜と青空を見上げると、不思議と悲しさよりもすがすがしさで胸がいっぱいになった。

遺品整理は最後の親孝行だという。始めたくても、悲しみがあふれて手が付けられなかったけれど、やっと一歩踏み出せた。

諸行無常。新しい時代が始まっていく。母の分も、幸せに生きていくことが何よりの供養であり、親孝行なのかもしれない。

斉藤 悦子 54 主婦 足立区