令和に寄せて

麗しき大和の国柄を守れ 櫻井よしこ・国家問題研究所理事長

 だが、国柄を忘れてはならないとの昭和天皇の国民への語りかけとは反対に、米国は教育を通して日本人に影響を及ぼし続けた。米国の情報操作の苛烈さはここではおくが、米国は天皇となる東宮さま(現在の上皇さま)の家庭教師にクエーカー教徒のバイニング夫人をつけた。夫人は著書『皇太子の窓』に、「1946年の春」、昭和天皇が「アメリカ人の家庭教師を一人世話してもらえるだろうか」と米側に依頼されたとし、「アメリカ人の家庭教師は占領軍から押しつけられた」との推測は事実に反すると書いている。

 一方、マッカーサーの軍事秘書、フェラーズは46年1月、吉田茂外相に「皇太子は西洋の思想と習慣を学び始めるべき」として「円熟したアメリカ人女性を」家庭教師につけるよう提案した(瀬畑源〈せばた・はじめ〉『象徴天皇制の形成過程-宮内庁とマスメディアの関係を中心に』一橋大学機関リポジトリ)。これは天皇のご依頼の約2カ月前だ。背後に米国の意図が見えないか。

 昭和天皇が民主主義は外来の価値観ではなく日本の価値観であることに想いをいたせと詔勅で仰るかたわら、バイニング夫人は「英語を教えるということは(中略)アメリカ的な民主主義の思想と実践とを、皇太子殿下その他の生徒達に教えるという、さらに大きな仕事の方便にすぎない」と考えていた(前掲書)。このせめぎ合いの中で若き日の上皇さまは教育された。天皇としてのお姿が、昭和天皇と比べて自ずと異なるのにはこうした要素もあるだろう。

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