平成の現場を歩く(5)東京スカイツリー 令和の飛躍見据える「世界一」

平成の現場を歩く(5)東京スカイツリー 令和の飛躍見据える「世界一」
平成の現場を歩く(5)東京スカイツリー 令和の飛躍見据える「世界一」
その他の写真を見る (1/3枚)

 銀色に塗られた近代的なフォルムの鉄塔に、人が吸い寄せられる。電波塔として世界一の高さを誇る「東京スカイツリー」(東京都墨田区)は今年、開業から7周年を迎える。戦後の復興と、昭和を象徴した「東京タワー」(港区)の背中を追いかけ、スカイツリーは日々、進化し続けている。

 スカイツリーの周辺には、地元住民向けの商店が並び、下町らしい風情が残っている。墨田区はもともと、多くの町工場を基盤とするものづくりの町。近代的なツリーの下の街並みを歩くと、そうした庶民の息づかいが聞こえてくる。

 赤穂浪士が討ち入りをした吉良邸跡、ねずみ小僧の墓がある回向院(えこういん)…歴史的跡地や名所はあっても墨田区には観光の目玉は少なかった。区の新タワー調整担当部長を務めた渡辺茂男都市計画部長は、「スカイツリーの開業まで観光の『か』の字もない、それが現実だった」と振り返る。

 スカイツリーの南側で碁会所を経営する小松原健志さん(73)も、「『スカイツリーの近く』と言えば、場所を伝えられる。以前は、目印となる場所もなかった」と語る。

■ ■ ■

 商業施設やオフィスビルも併設した「東京スカイツリータウン」が平成24年に開業して以来、状況は一変した。古い街並みを残す下町には、子供連れの家族、修学旅行生から外国人観光客まで、多くの利用客でにぎわっている。

 東京スカイツリータウン広報事務局によると、30年度の来場者数は、スカイツリー単体で約427万人、商業テナントなどを含む全体で約3051万人に達したという。

 開業当初は遠方からの観光客が大半を占めたものの、近年では子連れの近隣住民が日常的に利用するようになったといい、同局の大和雅幸課長は「スーツケースよりも、ベビーカーを目にする機会が多くなってきた」と語る。街に溶け込んだ証しかもしれない。

■ ■ ■

会員限定記事会員サービス詳細