朝晴れエッセー

2杯のコーヒー・4月18日

私の母は認知症で約10年間、東京の船堀の施設に入所していました。私は月に1回は訪ねて、いつも母と手をつないで散歩をしました。スーパーの果物や野菜を見たり、喫茶店でコーヒーを飲んだりするだけですが母はとても喜んでくれました。いつしか喫茶店のスタッフと顔なじみになっていました。

母はだんだんゆっくりの歩行になり、足腰が弱って車いすになりました。私の名前も分からなくなりましたが、少したつと私のことは分かるようで、名前なんか分からなくても良いと思うようになりました。

2年前、その母が永眠しました。年末の忙しい時で、米寿を過ぎて、親しい人もいなかったので、身内だけの簡単な一日葬にしました。年が明けて、あいさつに施設を訪ねて、帰りに通っていた喫茶店に心惹(ひ)かれ寄りました。マスターが私の母がいないのに気付いて怪訝(けげん)顔だったので、母が亡くなったことを話しました。いつもの席に座って、いつものコーヒー1杯を注文しました。母がそこにいるような気がして、お水のグラスだけ1つ余分にお願いしました。

マスターは、2つの水の入ったグラスと2つのコーヒーカップを持ってきてくれました。その瞬間、母の想い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、涙があふれてきました。人目を憚(はばか)ることはできませんでした。母のコーヒーには口をつけませんでした。会計の時に、マスターが、今日のお代は結構ですとのこと。再び人の優しさに触れて涙が滲んできました。

三木英保 64 医師 千葉県佐倉市