日曜に書く

経営の神様が認めた渋沢栄一 論説委員・井伊重之

渋沢栄一が採用された一万円の新紙幣の表(宮崎瑞穂撮影)
渋沢栄一が採用された一万円の新紙幣の表(宮崎瑞穂撮影)

 「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一が5年後に発行される新一万円札の肖像画に採用される。今も残る多くの有名企業を次々に興し、日本に株式会社制度を定着させた。自らは財閥をつくらず、民業の繁栄を通じて日本の社会・経済の近代化に貢献する「公益」の道を選んだ。それだけに渋沢を敬愛する経済人は多い。

 商売を重んじる一方、論語の倫理思想を尊重して利己益の追求を戒めた。「経済と道徳の合一」を唱えた渋沢こそ、企業の社会的責任や企業統治(コーポレートガバナンス)の先駆者だった。新札への採用を機にその渋沢の思想が広く知られることは、現代の日本にとって大きな意味を持つ。

 ◆「日本の企業統治」の先駆者

 渋沢を尊敬していたのは日本人だけではない。「経営の神様」とされる世界的な経営学者、ピーター・ドラッカーもその一人だ。日本の古美術に造詣が深い彼は何度も訪日したが、その目的には渋沢の研究もあったという。ドラッカーの名著「マネジメント」の序文にはこうある。

 「私は経営の『社会的責任』を論じた歴史的人物の中で、明治の時代を築いた人物の1人である渋沢栄一の右に出る者を知らない。彼は世界のだれよりも早く『経営の本質は責任にほかならない』と見抜いていた」と称賛している。

 渋沢が創立し、初代会頭を務めた東京商工会議所は昨年、140周年を迎えた。その記念として東商は「挑みつづける、変わらぬ意志で」というスローガンを策定した。そこでは渋沢の精神を受け継ぎ、「企業が繁栄し、地域の発展につなげ、そして未来に夢が持てる、幸せを実感できる社会を実現する」とのメッセージを込めたという。

 東商によると、渋沢が創業に関与した企業は、480社あまりにのぼり、うち300社近くが今でも何らかの形で事業を継続しているという。長寿企業が多いのは、そうした企業の理念に渋沢の思想が深く息づいているからではないか。

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